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糸数けいこの活動日誌
by itokazu-keiko
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辺野古基地建設断念まで、私は何度でもアメリカへ行きます

 名護市長選挙で稲嶺進さんが勝利

  辺野古基地建設を断念するまで、
      私は何度でもアメリカへ行きます
--マスコミ市民インタビュー

                                   糸数 慶子(参議院議員)

 1月19日、米軍普天間飛行場の辺野古移設を問う名護市長選挙が行われ、辺野古基地反対を掲げた現職の稲嶺進氏が、自民党が推す対立候補に約4000票の大差をつけて当選した。昨年の参議院選挙での糸数議員の当選、今回の稲嶺市長の当選で、「辺野古基地NO!」という沖縄県民・名護市民の意思は明確になった。しかし、それにもかかわらず政府は沖縄県民の思いを無視して、アメリカ追随の姿勢をやめようとはしない。
 「地方自治とは何なのか」「日本に民主主義は存在するのか」、強い怒りをもって訴える糸数慶子議員にお話を伺った。聞き手は本誌の石塚さとし編集長。

■少女暴行事件から端を発した辺野古基地問題

――昨年の11月25日、自民党の石破幹事長は、沖縄県選出議員5名の国会議員に対して、辺野古移設の容認を強要する出来事がありました。さらに12月27日には、政府は辺野古沿岸部の埋め立て申請を、沖縄振興予算の増額の対価として仲井真知事を懐柔して承認させました。これらは著しい公約違反であり許されない行為ですが、沖縄県民はどのように受け止められているでしょうか。

糸数 有権者は、候補者の公約を見て「この人に託そう」という判断をするのですから、選挙の時に有権者に約束した公約は、議員の生命と言っても過言ではないほど非常に重たいものです。裏でどのようなことがあったのかは知りませんが、こんなかたちで5人の国会議員や県知事が公約を反故にすることは、絶対に許せません。沖縄振興予算を表に出して埋め立て承認をさせる取引のようなやり方に、県民は誤魔化されることはありません。
 これまで米軍基地問題の解決に関しては、県知事も市町村の首長や議員も、「オール沖縄」的な歩み寄りができていました。私たちは、昨年の1月、オール沖縄の意思を「建白書」というかたちの抗議要請文を官邸に手渡しました。普天間の基地を閉鎖して基地は県外へ移し、辺野古の埋め立てにもオスプレイの配備にも反対する、すべての県民の思いです。その思いは、この間ずっと県民世論になっていました。5人の自民党議員たちの当選も、その県民世論のなかにあったのです。5人は、もともと辺野古に基地をつくらせたいと思っていたのか、自民党本部からの脅しや沖縄振興予算との取引で選挙公約を覆したのかは分かりませんが、せっかくまとまったオール沖縄の民意をまた二分してしまったのです。県民の気持ちをまた分断してしまう状況を作った安倍政権の強圧的なやり方を、県民は絶対に許さないと思います。

――そうした公約違反があったので、沖縄県民は奮い立ったのですね。

糸数 オスプレイの配備されている普天間基地の周辺で皆がレッドカードをもって立つ、あるいは県庁前の抗議行動の理由は、まさに知事と自民党議員の公約違反にあります。これまでと少し違うのは、労組などの組織で動員された人たちだけが動いているのではないことです。怒りを共有する市民の皆さんが、一人でもそこに立つことによって意思を表明したいという気持ちを強くもってきました。県庁前での怒りの集会には、組織に属さない若いお母さんたちが子どもを連れて参加したり、仕事を休んで来ましたという若い男性もいました。県民の怒りは、かなりのところまで達していると思います。

――そういう怒りが沸騰しているところで、名護の市長選挙がありました。稲嶺さんが勝利できて本当に良かったと思いますが、選挙戦では石破幹事長から「500億円の名護振興基金」という発言もあり、まさに札束で県民の頬を殴るような、非人道的な選挙が展開されました。

糸数 私は、市内の支援者の方々に挨拶しているとき、偶然にも石破さんが街頭演説しているところを通りかかりました。私たちが準備している500億円の話に乗らないと後悔しますよ、と言わんばかりの、もの凄い剣幕のような街頭演説でした。現場に居合わせた私は、それを聞いて驚くやら、呆れるやら、怒りが込み上げてきました。「あなたの一存でそんな簡単に多額の予算が捻出できるものですか」と、遠巻きに野次を飛ばしましたが、私のつぶやきは届かなかったでしょうね。(笑)
 名護のきれいな海に新しい基地をつくらせることは、普天間から名護に基地を移す「移設」というよりも、新基地建設なのです。それは、1995年に起きた少女暴行事件に端を発しています。事件に抗議をする大規模な県民大会で、当時の大田知事は「少女の人権を守れなかったことに対して申し訳なかった」と述べました。事件に対してクリントン大統領もはっきりと謝罪いたしましたが、今の政府の県民に対する仕打ちを見ると、日本政府はあの事件をすっかり忘れてしまったのではないかと思います。
 1997年12月27日には、名護市で「ヘリポート建設の是非を問う市民投票」が行われました。当時は「ヘリポート」だったのですが、この中で名護市民の結論はすでに出ていたのです。「ヘリポート建設に反対」と「条件付き反対」を合わせますと16639名(市民の52・86%)です。賛成は14267名(45・33%)です。その時点で、市民の意思ははっきりしていたのですが、今日まで日米両政府によって市民は分断され、ここまで引きずってこられて今回の選挙に至ったのです。選挙の結果は、新基地反対の稲嶺市長が19893票、相手候補は、石破さんがあれだけ豪語したにもかかわらず、15684票でした。投票率76・71%という中で、私たちは勝利を掴みました。

■沖縄県民、名護市民のマグマが爆発した

糸数 昨年7月の参議院選挙で、私は相手候補に34000票余りの差をつけて勝利しました。これは沖縄県全体の直近の民意として尊重されるべきですが、「私の当選とともに名護市長の当選がダブルで実現しないと、本物の勝利ではない」と、そのときからずっと言ってきました。
 稲嶺市長は、一期目の選挙同様、辺野古の新基地建設反対をはっきり公約として打ち出して当選しました。相手候補と明確に公約が違うことを表に出して戦いました。名護市民は、どんなに札束を見せられても、新しい振興予算をあげると言われても、ゆるぎませんでした。翁長那覇市長は、稲嶺市長が当選した直後にマスコミのインタビューに応えて、「4000票の名護市の票差、これは今までの県民の怒りが爆発したのではないか」とおっしゃいました。この1年間日本政府がやってきたことに対して、県民のマグマが爆発したのだと思います。沖縄の心は、甘い言葉やお金では絶対に買えません。沖縄の人びとは、お金よりも基地のない社会の方がより良い選択だということを知っています。それは、今の政権にとってとても厳しいものだと思います。

――名護の選挙に勝利した翌日、政府は代替施設の設計などの受注業者を募る入札を公告しました。この卑劣な挑発行為は、まさに沖縄の県民世論に対する挑戦であり、民主主義の否定にもつながる暴挙だと思います。沖縄の民意よりもアメリカ政府の意向を優先する安倍政権の姿は、実に情けなく思います。

糸数 昨年、私が参議院選挙に当選した翌日にも、政府は今回と全く同じようなことをしたのです。私は、はっきり「オスプレイを撤収せよ」言って選挙を戦ってきたのですが、投開票日の翌日、私たちがいつも集まって抗議集会をしている普天間の野嵩ゲートの鉄条網を一段と高く張り巡らせたのです。
 名護市長選挙での稲嶺さんの勝利は、しっかりとした市民の民意の表れです。市長もおっしゃっていますが、政府の行為は地方自治の侵害ですし、市民一人ひとりの人権にも関わる問題だと思います。市長権限を行使して基地施設の建設を止める姿勢をあらためて表明した市長に対して高圧的になったことに加えて、自民党の焦りの表れだろうと思います。
 私は、もう一つ訴えたいことがあります。直近の話ですが、2月4日の参議院予算委員会で、自民党の島尻安伊子参議院議員は、辺野古移設に伴う混乱を防止するために反対派への弾圧の強化を政府に要望したのです。市長の権限行使へのけん制なのでしょうが、同じ沖縄の議員として許せません。彼女は、3年半前の選挙で「県外移設」の公約を掲げて当選したのです。それを県民が評価して、当選を果たしたのです。その公約を完全に覆したばかりか、さらに拍車をかけた発言をしました。「よくそんなことが言えものだ」と思います。しかも彼女は、米軍基地の73%が沖縄に集中している現状に対して、「それは差別だとは思っていない」とはっきりおっしゃるのです。まったく市民・県民の側に立っていないことに、私は強く抗議をしたいと思います。

■県民の声を直接伝えるためアメリカへ

――名護市長選挙で稲嶺さんが勝利をして、少しは日本政府の姿勢が変わるかと思ったら、逆に強硬な姿勢になりました。一方で、辺野古にこだわる安倍政権とは対照的に、最近はアメリカの中に「辺野古反対」の声が出てきました。オリバー・ストーンさんやマイケル・ムーアさんなどの著名人29人が、辺野古移設に反対する声明を出されましたね。

糸数 名護の市長選挙が勝った後、私は連日どうやって今後の活動をしていったらいいのかを考えていました。そして私たちの次なる行動は、県民世論と国民世論、そして国際世論に対する働きかけだろうと思いました。
 これまでの自民党の方々や県知事は、「あらゆる可能性を排除せず、その中に辺野古もある」と発言していますが、辺野古以外の選択肢を考えなかった姿勢がみられました。それがアメリカに間違ったメッセージを送っていたのです。間違った情報を正しく伝えるためには、私たちが直接アメリカに乗り込んででも県民の思いを伝えるべきだと考え、「辺野古新基地建設反対議員要請団」を結成し、1月25日からアメリカへ行くことになりました。
 私たちは1月26日に到着して、27日からワシントンDCを中心に活動を致しました。要請内容は、(1)辺野古新基地建設を中止すること、(2)世界一危険な普天間基地を速やかに閉鎖返還すること、(3)強行配備されたMV22オスプレイを配備撤回、撤去すること、この3点です。私が団長となって、国務省、国防総省、上院議員、下院議員、シンクタンクへ、稲嶺市長の親書を携えて要請にまわりました。
 私が一番驚いたことは、国務省と国防総省の対応です。私は今回を含めると7度目の訪米要請行動になりますが、これまでは会っていただけた時間はほとんど15分くらいでした。しかし今回は、1時間も話を聞いていただいたのです。「戦後68年も苦しい時間を強いられた末の日米両政府の動きに、県民はいまだだかつてないほど怒っています」「日本政府と一緒になって押し付けようとしている辺野古の新基地建設は、到底市民には通じません」「私たちはまったく基地を歓迎していません」「辺野古が一番早いという人もいますが、辺野古は時間もお金もかかります。それよりも米国内でも出てきているプランB(代替案)の必要性を認識してほしい」「95年の日米合意から今まで18年間新しい基地が作れないのは、市民・県民に受け入れられていないからです。それでも、まだ造ろうとおっしゃるのですか」と、市長の思いも含めてお伝えしました。そうした熱い訴えが、1時間もお話を聞いてくれることに繋がったと思います。
 アメリカ滞在中、国際世論も少しずつ動き出してきました。名護市長選挙のとき、アメリカの29名もの有識者が、「名護のきれいな海を決して埋め立ててはいけない」という声明を出してくださったのですが、私たちの滞在中に、何と103名の方々が新たに意思表示をしてくれたのです。ノルウェーの平和研究所の所長のヨハン・ガルトング先生など、私たちに連帯する形で「この海を守りたい」と、声を上げてくれたのです。
 私たちは、これからも「辺野古新基地はNOだ」という県民の意思を、直接アメリカに乗り込んで訴えていかなければならないと思います。そうしなければ、私たちの声がかき消されてしまいます。今回私たちの要請先の方々のほとんどの認識は、名護市長選挙で稲嶺さんが勝てたのは、辺野古推進の県議と元市長の二人の候補者を統一するのが遅れたから選挙に負けたのだと言っていました。元々まとまって戦っていたら相手が勝ったはずだ、という見方なのです。
 それに対して、私たちは「そうではありません」と申し上げています。1997年の市民投票の結果をお伝えして、「市民の素直な思いは、この市民投票に出ています。今回の名護市長選挙では、これまで辺野古基地に賛成であった保守的な方々も間違いに気づき、稲嶺市長と一緒になって闘った結果なのです」というお話をしてきました。
 私たちはアメリカから帰ってすぐに、訪米報告をするために稲嶺市長にお会いしました。市長も時期を見てアメリカに行きたいとおっしゃっていましたし、反対の声を途切れさせないことが大事だということを強調しておりました。辺野古に新しい基地をつくらせないというしがらみを超えた市民の思いは、次の世代に新たな基地負担をさせてはいけないという市民の強い願いです。辺野古の海にも陸にも新たな基地は造らせないという市長の強い信念を、私たちは支えていきたいと思います。

■「辺野古NO!」の知事を誕生させること

――あくまでも辺野古にこだわりを見せる安倍政権に対して、私たちは今後どのような構えで闘っていくべきなのでしょうか。今は、むしろアメリカの方が現状を分かっているように思えます。アメリカの状況も含めて、将来的な展望についてお話しいただけますでしょうか。

糸数 私たちは、これまでアメリカで影響力をもっている様々な立場の方に働きかけをしてきましたが、さらに私たちの思いを受け止めてくれる人が必要だと思い、ジム・ウェブ元上院議員にお会いしました。彼は上院議員時代から辺野古の問題に取り組んでこられました。
 以前、彼は「普天間の基地を閉鎖するための普天間・嘉手納の統合案を提案し、その後徐々に減らしていく方法もあるではないか」と発言したことがありましたので、彼の言動は誤解される向きもあるのですが、しかし今回、彼ははっきりと「辺野古に滑走路を建設させる計画が実行可能な解決策であると日米両政府が言っているけど、その主張に私は同意しません。私が上院議員の時代に、国防総省と上院の軍事委員会で複数の代替案をだしました」とおっしゃいました。
 彼はまた、グアムに移していく代替案も提案しました。彼は、「アジア太平洋地域において米軍基地問題で話し合いの中心になっていく主役は、東京、ワシントン、沖縄、グアムであるはずだが、今は東京とワシントンでやっている。でもそれは違うのではないか。沖縄の当事者の声も聞きながら、現地の人たちも含めて皆でこの問題を話していかない限り解決はしないでしょう」と言うのです。
 彼はアジア太平洋の安全保障を強化する立場ではあるのですが、公平な解決をもたらしていくためには、日米両政府だけでゴリ押ししていてもこの問題はいつまでたっても解決しないという考えです。そして、「もしよろしければ自分が橋渡しをする役をしてもいいですよ」と、おっしゃってくれました。
 実際に基地が置かれている沖縄県民の気持ちを代弁してくれる人をアメリカの国内につくっていくかが、今後の大きな課題だと思います。そういう人たちを増やして、アメリカ国民の中に私たちの声を知らせていくことです。時間はかかるかもしれませんが、それをしない限りなかなか進展しないと思います。
 アメリカには、失業対策などの理由から海兵隊の基地を受け入れるというところもあるのです。地域によっては、軍需産業を喜んで引き受ける軍産複合体のところがあるのに、そこには基地をもっていきません。それは、日本とアメリカに共通の利益があるからだと思いますが、「沖縄に米軍の基地ありき」「辺野古ありき」でやっていけば、いつまでたってもこの問題は解決しないと思います。それでもなお、こういう状況がずっと続いた場合、私は日米安保体制を揺るがす事態にもなりかねないと思います。政府が民意を顧みずにこのまま突き進んでいけば、沖縄の人たちの島ぐるみ闘争に発展しかねません。そうなれば、嘉手納基地まで影響を及ぼす状況になるのです。
 アメリカは、普天間がアメリカの環境基準違反の欠陥飛行場だということを分かっているのに、そのままにしています。「それは、あなた方が辺野古を受け入れないからでしょう」という論理展開をされても、私たちは諦めることなく、民意を大事にするアメリカに何度でも行って、「沖縄の民意をしっかり受け止めていただかないと困ります」「アメリカの民主主義を信じております」と言います。辺野古新基地建設は不可能だということを伝え続けてきましたが、辺野古を断念するまで何度でもアメリカに行き、直接要請行動を続けていきたいと思います。
 最後に、今後のことです。仲井眞知事は普天間の5年以内の運用停止を安倍首相に求めましたが、米高官らは「非現実的」と指摘していることがメディアを通じて報道されています。「破綻した論理」をあたかも実現可能な状況だと発信し続ける仲井眞知事は、今年の11月に任期が終わります。稲嶺進名護市長と同じスタンスで、「普天間基地の閉鎖・返還」「辺野古新基地建設反対」の立場に立つ知事を誕生させることが、次なる目標です。
 また同時並行的に、名護市長にはアメリカに行っていただきたいと思います。『標的の村』という素晴らしいドキュメンタリー映画ができましたので、それをアメリカの国会議員や市民の皆様に見ていただきたいのです。そうすれば、「皆さんが送り込んでいる米軍が、どれだけ沖縄でたいへんなことをしているか」ということが分かると思いますし、「県民の民意はここまで来ている」ということも、分かっていただけると思います。これからもたくさんの人がアメリカに行き、波状攻撃のように訴えていくしかないと思います。そうした情報がアメリカで途切れないことが、何よりも大事であると思います。

※「マスコミ市民」2014年3月号、44~51ページに掲載
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by itokazu-keiko | 2014-03-10 20:21 | 報道 | Comments(0)