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![]() 多くの村民が会場いっぱいに結集し、基地のない今帰仁村だからこそ、その素晴らしさを伝えられると、オスプレイ配備反対についての強い思いが示されました。併せて、米海軍兵による集団女性暴行致傷事件に対する抗議決議も行われました。 米海兵隊はオスプレイの夜間飛行訓練も始め、今後、県内外各地での本格的な訓練を開始すると言われています。 1日も早く、オスプレイの配備撤回、そして基地の撤去を求め、県民と共に頑張っていきたいと思います。 ![]() 大会での婦人代表の石野さんのご挨拶に、大変、感銘を受けましたので紹介したいと思います。 国防のためのオスプレイではない!! 今から約30年前の1981年に、アメリカ軍が本格的な開発をスタートさせたオスプレイ。それ以後度々大きな事故を起こし、犠牲者を増やし続けるオスプレイ。なぜ、このように危険なオスプレイが、その後も製造され続けてきたのでしょうか。 オスプレイの開発費は一機に約84億円かかると言われています。アメリカ国内でも、事故の多さと、この高すぎる資金を削って教育や医療、福祉にこそ税金を使ってほしいとの声がり、10年前にはアメリカ国防長官自らが開発中止を求め、また今年の5月にもオスプレイ調達反対法案が出されました。しかし、議会で否決されてしまいます。その理由は、国の防衛のため、ではありませんでした。 オスプレイの製造は、ペンシルバニア州やテキサス州など、アメリカの40の州にまたがって、プロペラはどこ、胴体はどこなど、工場が分散して作られています。そのため、多くの雇用と税金による収入を生み出しています。自分の選挙区にオスプレイ関連企業を持つ議員は、たとえオスプレイの犠牲者が多くても、反対票を投ずることができません。 オスプレイは、中国をはじめとする他の国から、日本や沖縄を守るために作られた軍用機ではありません。アメリカの利権と、ビジネスと、政治の安全を保障するための軍用機です。私たちのシマに、他国の軍隊が、私たちの税金を使って、あたりまえのように駐留し、墜落の可能性の高い軍用機で、どのルートを、いつ飛ぶのか、事前の通告なしに飛ぶことを、日本政府は許可しているのです。 初代ひめゆり資料館の館長であり、『今帰仁方言辞典』を著した今帰仁村与那嶺出身の仲宗根政善先生は、著書の中でこう記しています。 「ひめゆりの乙女たちは喜屋武岬の断崖に追い詰められて、死の孤独感におそわれ、岩肌にピンで自分の最期を記していた。再びあらしめてはならない最期の記録であった。乙女たちは『汗と涙と血を流して得た貴重な体験を、この土に埋めたくない』と叫びながら、ついに永遠に黙してしまった。しかし永遠に訴えつづけるであろう。昔から平和であった沖縄のこの美しい空を、この青い海の上を、戦闘機の一機も飛ばせたくない。戦争につながる一切のものを拒否する。20数万の命の血のしみたこの島を、平和を築く原点とする。」 仲宗根政善先生のこのお言葉をもって、私たちの決意といたします。 2012年10月30日 今帰仁村婦人会長 石野裕子 ![]()
by itokazu-keiko
| 2012-10-31 15:47
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