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糸数けいこの活動日誌
by itokazu-keiko
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母の戦争体験を原点に 糸数慶子氏

母の戦争体験を原点に  糸数慶子氏_f0150886_16311358.jpg
     15日朝、辺野古の浜にて

駆ける 2013参院選 沖縄選挙区(下)

 15日朝、名護市辺野古。晴天の浜に打ち寄せる波音が心地よく響く。普天間飛行場の移設先として政府が埋め立てに向けた作業を進める場所での演説を前に、糸数慶子氏は地元住民らと握手し、小学生女児と言葉を交わした。「あなた方の未来のため、この海を守る責任が私たちにある」。決意を込めた言葉で、優しい表情が引き締まった。
 終戦2年後の1947年に旧石川市で生まれ、読谷村で育った。高校卒業後に就いたバスガイドの仕事が政治家を志すきっかけだ。住民の視点から沖縄戦を学び直し、戦跡を巡るツアーを会社に提案。平和ガイドの先駆けとなった。
 もう一つの原点は母の沖縄戦体験。戦争末期の45年6月、妊娠中の母は3人の子どもたちと北部の戦場を逃げ惑った。避難した壕で出産した女児は、約1週間後に栄養失調で命を落とした。追い打ちを掛けるように3歳の長男も死去。母は息のない長男に話し続け、遺体が腐敗しても抱いたまま放そうとしなかった。数日後、周囲が強引に引き離し、埋葬したという。
 知ったのは成人し、母が亡くなってしばらくたってから。明るかった母が生前語らなかった事実は「母のように悲しむ人をつくってはいけない。基地は戦争につながる」と自身を強く突き動かしてきた。新基地建設に一貫して反対する根幹に、母の存在がある。
 娘3人、孫5人。元新聞記者の夫隆さんは政治の意見交換相手であり、選挙中は朝晩の食事を作って健康面を支える重要なパートナーだ。多忙な日程の合間に孫と遊ぶのが数少ない癒やしの時間だが、「孫を保育園に入れるのに半年待った。待機児童の問題を身に染みて感じた」。「若いお父さん、お母さんが安心して子どもを産み、育てられる社会をつくりたい」との街頭演説に実感がこもる。
 2期8年の国会活動で医療や福祉問題に尽力してきたことを自負している。「県民の命と暮らしを守ることが政治家の使命。平和憲法は何としても守り、育てる」。3度目の「平和の一議席」を目指し、県内各地を駆け回る。
※「琉球新報」2,013年7月16日付けに掲載

by itokazu-keiko | 2013-07-16 16:30 | 報道
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